第十四 社内ノウハウ承継の問題点

社内ノウハウ承継の何が問題なのでしょうか。

2007年問題以前、ナレッジマネジメントが標榜され多くの企業での取り組みがありましたが、いつの間にか廃れて、忘れ去られたようです。ナレッジマネジメントの目的は、社内ノウハウの共有化ですが、以下のステップが必要です。

  • ナレッジの蓄積
  • ナレッジの共有化
  • ナレッジの活用

 

筆者も経験がありますが、問題点は、個人の持つ技術・技能をDB(データベース)化して、キーワードを登録することをナレッジマネジメントと錯覚したことにあると考えています。従って、共有化も活用もされず忘れ去られ、残念な結果となってしまいました。

 

2007年問題についても、有効な対策も講じられず(どうしていいのか分からなかったのが現実かもしれません)、失敗に至る結果となりました。この原因について私見を述べてみたいと思います。

 

1.形式知に限定したこと

ノウハウには、言語化が可能な形式知(第三者に認知可能)と言語化が困難又は不可能な暗黙知(第三者が認知困難)があります。ノウハウは暗黙知の割合が大きいのが一般的で、形式知をいくら承継してもノウハウの承継にはなりません。暗黙知は把握が難しく安易に形式知に頼ったことが大きな要因と考えられます。この延長線上に、熟練者の作業の画像化があるものと考えられますが、作業画像では暗黙知の習得は困難でしょう。

 

2.ノウハウの伝承者と継承者のマッチング

伝承者及び継承者については

  • 伝承者:ノウハウを保有し、継承者に伝える者(先生役)
  • 継承者:伝承者からノウハウを継承する者(生徒役)

と定義することにします、

 

問題は、継承者のスキル評価が軽視されていることです。

これは、伝承者のノウハウを継承者が理解できない問題です。小学生に大学の講義を行っても理解できないことは自明の理ですが、社内ノウハウ承継ではこのあたりまえのことがおざなりにされています。熟練したノウハウを持つ伝承者(師匠)と若手の継承者(弟子)組み合わせてノウハウ承継に取組む組織がありましたが、継承者が消化不良を起こし頓挫したことは想像に難くありません。

 

この問題の真の原因は、組織内の世代構成の歪みにあると考えています。バブル崩壊後の就職氷河期に採用の絞り込みすぎたことが要因です。ノウハウの承継はデジタルではなくアナログです。年配の熟練者のノウハウを継承するのは、ある程度の経験を積んだ中堅層の存在が不可欠で、中堅層が伝承されたノウハウを理解し咀嚼して自分のものにする橋渡し役を担っています。この中堅層の不在が承継の谷となり、次世代へのノウハウの承継を困難にしています。解決策はなく、昨今の日本の製造業で多発している品質問題の遠因とも考えられます。また、生産性が向上せず失われた30年の大きな要因で、この問題に真剣に取り組まなければ、失われた30年が今後も継続していくことになります。このプログで解決策のヒントを探りたいと思います。

 

3.伝承者にとって継承者は異次元の存在?

マッチング以上に伝承者と継承者には埋めがたいギャップが存在します。

それは、ノウハウの習得方法です。

 

日本では古くから徒弟制度下においてノウハウが伝承されてきた文化があります。昨今、変化したとは言え熟練者の多くは、先人の背中を見てノウハウを習得してきた昭和世代です。その特徴として、次の内容が挙げられます。

  • 他人にノウハウを教えることができない

徒弟制度では、先人から教えを受けることはなく見よう見まねでノウハウを習得していきます。自分で試行錯誤しながら獲得したノウハウですから付け焼き刃ではない強みがあります。しかし、教わったことがありませんから獲得したノウハウを実践することはできても教えることができないのです。正確に言えば教わった経験がないので教え方がわからないのが実情です。

  • ノウハウの体系を持っていない

徒弟制度で習得したノウハウには体系が存在しません。分類や難易度、時系列など全く存在せずイベントの発生毎に習得されます。通常であれば、ツリー構造などの体系があり、業務の時系列、難易度等が体系化されていますが、試行錯誤で習得した以上体系など存在しないのは自明の理です。体系が存在すれば、体系化されたノウハウが整理されて頭の中に格納されます。しかし、試行錯誤で獲得したノウハウの格納には体系がありません。従って、業務でノウハウが必要なになるとカンピュータ(理論は存在しない)が機能してノウハウが引き出されることになります。熟練者の頭の中にはノウハウが詰め込まれた引き出しが多数存在し、直感で引き出されるプルアップ方式になります。

 

かつて、日本人の特徴を示す論評で、

『日本人の頭にはゴロバン(数字を扱うそろばんをなぞらえて言語を扱う造語)が存在し、「答えが出る」、欧米人は推論により「答えを出す」、これが日本人の思考の特徴で、「答えが出る」ためどのような推論で答えを出したのか本人もわからない、他人の答えと比較すればよい、途中経過を問題にしたくても出来ない』

というものがあり、昭和世代は何となく理解できても、平成世代はほぼ理解不能と思われます。

 

徒弟制度でノウハウは「盗むもの」という伝統?は、上記の特徴を考えれば当然の帰着でしょう。しかし、この承継方法は継承者の創意工夫を付加しノウハウの新たな蓄積をもたらし発展を促す可能性がありますが、あまりに時間がかかり現在の経済活動のスピードにはついていけません。また、産業構造のドラスティックな変化に対応できず、失われた30年の大きな要因とも言えます。日本企業は、変化を恐れ新しいスキルへの変革を怠ったとも言えます。この点については、他の機会に譲りたいと思います。

 

ノウハウの継承者(平成世代)はどうでしょう。その特徴として

  • 体系化されたノウハウでないと理解できない
  • 難易度、時系列など整理されたノウハウでないと習得が困難

継承者の頭の中では、ノウハウが詰め込まれた引き出しを体系的に管理し、推論でノウハウを引き出すプッシュアップ方式になります。

 

伝承者と継承者のジェネレーションギャップを無視したノウハウの承継の困難さが理解できると思います。自分の培ったノウハウを失うことを是とする熟練者はいません。「自分のノウハウを何とか次世代に残したい」、これが、熟練者の偽らざる心境です。しかし、教え方がわからない。「教えることはできない、しかし、何でも聞いてくれ、知り得る限り答えよう」、これが熟練者の本心です。

 

しかし、継承者は「何をどう聞けばよいのか皆目見当がつかない」、これではノウハウの承継は不可能です。答えはありません。業種、業態、組織内の状況によって変わってきます。

 

次回以降に対応を模索したいと思います。

 

2023年04月16日